おもしろきこともなき世をおもしろく

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真田丸について

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来年の大河ドラマは【真田丸】だそうで。
スマホの画像をいじってたら昨年の10月頃幸村ゆかりの場所を色々散策した記録が残っておりましたのでちょっとアップしてみようかなあと思いました。
この三光神社という名の神社にその【真田丸】なる出城があったのだという事です。

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これ、Googleさんの地図です。
三光神社はJR環状線玉造の駅から徒歩5~10分です。
かなりアバウトです。
めんどくさいのでリンクを貼ります。

三光神社

反正天皇の時代の創建と伝えられる。創建以来、武内宿禰の末裔の武川氏が神職として奉職し、現在は86代目と伝える。社伝によれば、寛文元年(1661年)に一旦現在地の南東の鎌八幡の隣に遷座し、宝永3年(1706年)に再び現在地に戻ったという。かつては「姫山神社」と称し、一帯は「姫の松原」と呼ばれていた。

中風封じの神として有名な陸前国宮城郡青麻(現 宮城県仙台市宮城野区)の三光宮(現 青麻神社)を勧請し、そちらの方が有名になった。明治15年(1882年)の『大阪名所独案内』に三光宮を勧請した旨が書かれており、勧請はそれ以前ということになる。明治41年(1908年)、姫山神社に境内社・三光宮を合祀し、社名を「三光神社」とした。3柱の神を祀ることから「三柱神社」とも、「日月山神社」ともいう。

鎮座地の丘は宰相山とも真田山ともいう。かつては大坂城の出城「真田丸」が置かれ、大坂の陣のときには真田幸村大坂城から当地までの抜け穴を掘ったという。社殿の下に残っているが、これは後世作られたものである。境内には黒田屏風に描かれた真田信繁を元にした像がある。

 

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幸村の像です。
この頃はもう結構くたびれたおっさんだったのだと思います。

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これが真田のぬけ穴という事で大阪城まで掘った穴だと言うのです。ウィキペディアにもあるようにこれは後世造られたもののようですねー。
真田と言えば関ヶ原の合戦の折、西軍に味方し紀州九度山に幽閉されておりまして’(昨年の秋頃やはりその辺りをうろついていた)そこにもやはり真田のぬけ穴なるものがありました。その穴も大阪に繋がってるとかなんとか、いい伝えです。さすがにその穴はかつての古墳跡だったようですが。
いくらなんでももぐらじゃあるまいしそんなに穴掘りが好きなわけないわな。

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参拝を済ませ再び鳥居をくぐり刻まれている言葉に思わず合掌でした。

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真田幸村(本当は信繁)なる人物の一生を大河でやるなんて胸熱です。
脚本家の三谷氏は幸村ではなく信繁で脚本を書くようですが。
かの【真田太平記】を見ている私としてはいささか不安です。
草刈正雄の信繁がめちゃくちゃかっこよかったのです。
堺さんあれ超えれないと思う。
信繁が時々コミカドゥや半沢とかになったらどうしよう・・・。

最近の大河は【天地人】【江】【花燃ゆ】とか凄まじいほどの視聴者ナメてんのか感ハンパなかったので不安。

ギャグとかそーゆーのいらないんでコメディとか軽いシナリオとかもやめてくれたらいいし、何よりちゃんとした役者使ってその役者にちゃんとした演技させてくれて、時代考証とかちゃんとやってアップリケとかそーゆーのいらないから、お吸い物の具がハート型にくり抜いたわけわかんないのとかいらないから、大河ドラマとして重厚なものを期待してます。

 

 

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

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古地図で散策する 池波正太郎 真田太平記 (時代小説シリーズ)

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